大 連(だいれん/ Da Lian/ ダーリェン)

大連市内地図

概要

遼東半島の南端に位置している。

東は黄海、西は渤海に面している。

東北三省及び内蒙古の海の玄関口で、中国を代表する貿易港の1つ。

最初に街を造ったのはロシア人で、1898年、遼東半島を清国から租借、ハルピンから不凍港を求めて南下し、東清鉄道を遼東半島の南端まで伸ばし、旅順を軍港に、大連を商港を建設しようと計画を進めていた。都市計画は、大小幾つもの円形の広場を置き、それを直線の街路を結びつける計画であった。広場の代表は直径210mのニコライフスカヤ広場。

1905年、日露戦争で日本が勝利し日本の支配下に入ると、日本は、ロシアが巨額の資金を投入して建設途中であった街を手中に収めた。町の名もダーリニーから大連に改め、ニコライフスカヤ広場を「大広場」と変更、広場の周りに、大連民政署、市役所、朝鮮銀行、大連ヤマトホテル、横浜正金銀行など石造りの洋式の建造物を建造する。

第二次世界大戦後中国に返還されて、大広場の名は今の中山広場となる。

現在も、円形の広場、そこから伸びる石畳の放射線状の道、ロシア風の建物、日本人が「アカシアの大連」と呼んでいたアカシアの5月に白い花が枝いっぱいに咲く並木と日本人が建てた家並みが残されている。市内を走る路面電車も日本統治時代の名残。

市街地の見どころも多いが、郊外の旅順は日露戦争の激戦区地だったため、当時の遺稿が残されていて、必見の価値あるところだ。


データ

管轄区域;大連市
区域内の行政区画は、中山・西崗・沙河口・甘井子・旅順口・金州の6つの区、瓦房店・普蘭店・庄河の3つの県級市と黄海海上の長海県に分れている。

面積;1万2574k㎡

人口;580万人


アクセス

空路

日本の主要都市から直行便が毎日就航している。

成田;
JL;毎日1便
NH;毎日1便
CA;週4便(月・木・金・日)
CZ;週4便(月・水・金・日)

中部;
CZ;毎日1便

関西;
JL;毎日1便
NH;週4便(月・水・金・土)
CA:週3便(火・水・土)
CZ;週3便(火・木・土)

福岡;
CZ:週5便(月・木除く)
CA:週5便(水・土除く)

仙台;
CA:週2便(火・金)

富山;
CZ:週4便(月・水・木・土)

広島; CA:週5便(火・土除く)
CZ:週4便(月・火・木・土)

CA:中国国際航空
CZ:中国南方航空

国内線は主要都市と頻繁にある。

空港

大連周水子空港 Dalian (DLC)
市内までのタクシーは30元が相場。
路線バスもある。

鉄道

瀋陽4時間、ハルピン10時間、吉林14時間、北京10時間。

バス

長距離バスターミナル
北崗橋バスターミナル

国際フェリー;韓国・仁川週3便18時間
国内フェリー;上海4日おき13時間、天津偶数日12時間、煙台(高速フェリー)1日4便3時間、威海2便7時間。


市街地

大連の中心部は広場を中心にした放射状に道が伸びており、広場の数は大小合わせて80以上にのぼる。
特に中山広場や人民広場にはロシアや日本統治時代の建造物がロータリーを囲むように立ち並んでいる。
欧風建築が多く残る旧ロシア人街、日本人の高級住宅地で、建物は現在も使われている。

通称・旧日本通り
南山山麓の日本人居住区があった地域でアカシアの街路樹のある2階建ての日本風の家が建ち並んでいた。
その街を復活させるべく、現在も修復中。

通称・旧ロシア通り
かつてロシア人街が勝利橋の北にあった。その異国情緒を復元させるために昔のロシア風の建物を再建している。全長430m。


市内の交通

路面電車
1909年日本から持ち込まれたもの。
路線は最盛期から較べると減ったものの、今も市民の足として活躍中。路面電車でのんびりと街巡りをするのも楽しい。
民主広場(旧敷島広場)、鉄路分局(旧満鉄本社)、三八広場(旧朝日広場)、寺児溝。西へ向かえば旧小崗子、五一広場(旧三春町)、ナド旧日本時代の建物のある地域を巡ることが出来る。


見どころ

中山広場.
労働公園.
人民広場.
大連港.
大連駅.
旧満鉄本社.
大連自然博物館.
オリンピック広場.
大連芸術展覧館.
星海公園.
老虎灘.
棒垂島.
燕窩嶺.
極地海洋動物園.
世界貿易大厦展望台.
金石灘.
東山観景台.
大連テレビ塔. (近郊)